町並みの往来側から、江名子川の川辺の樹々と護岸の石積みが見通せる気持ちのよい町家。
間口が2間(3.64メートル)、奥行き3間(5.46メートル)のかなり小さい空間です。
明治8年(1875年)に長屋として建てられ、当時の骨格(基礎石と土台と柱梁組み)を残す貴重な建築ですから、
柱と梁と壁はできる限りそのまま残して、新たな構造部材を加えて補強する躯体再生としました。
玄関の引違い戸には、飛騨高山の独自の意匠「高山格子」(たかやまこうし)。
出格子には、より繊細な「吹き寄せ連子格子」(ふきよせれんじこうし)。
この町に昔からあるこれらの格子意匠を選んだので、しっくりと馴染んでいます。
この日は再生された町家にて、初めての茶会。
「在釜」(ざいふ)の貼紙と入口に掛けられた藍渋染の暖簾(のれん)が、それを知らせています。
2階座敷の床の間に活けられた梅のつぼみ枝と椿(ツバキ)。
三月下旬で、まだ朝晩の寒さは強い高山での茶会です。
床の間の灰墨を混ぜて練られた黒漆喰塗りの正面壁には、
染色家の芹沢銈介 作「微笑観音」(びしょうかんのん)の朱塗り額で掛けられ、
白釉の茶碗、朱塗り高台皿と黒塗りの角台の漆器のしつらえ。
白いモノや色彩のあるモノ、そして草木花の瑞々しさがよく映えます。
茶会に招いた方々。お越しくださりありがとうございます。
この茶会の主人、古美術商Eさんのお手並。
パートナーのカズタアキコが親しかった白川政之助(白政)さんから頂戴した、
白政さん自作の茶碗のいくつかを使っていただきました。
感謝です。
人と季節と道具と伝統作法。
この場が活きるのを目にして、本当に嬉しい限りです。
季節は少し進み、江名子川沿いの桜が咲く頃。
色褪せた簾の掛かる町家も枯れた風情があります。
江名子川に架かる左京橋のたもとのソメイヨシノの古木が、ひとしきり花びらを散らし花吹雪。
この桜の古木は再生町家のすぐ傍にあって、町家と共に百数十年を過ごしてきたのかもしれません。
散った桜の花びらは、江名子川の川面をゆっくりと流れ下っていき、弥生橋のたもとで次の宮川の流れに。
鴨がクチバシで川底をさらうようにして何やら食べています。実にのどか。
江名子川の石積み護岸壁には、所々に石階段があります。
ほんのひと昔前、この流れはもっと澄んでいて、日々の暮らしと親密だったことでしょう。
かつて高山城の外堀として城郭の一辺を成していた江名子川と、その川縁にぽつぽつと在る古木が咲かせる桜の花。
いつまでもここに居たくなるような風情をたたえています。