20年以上前から、古伊万里の器を少しづつ買い集めてきました。
最初は飛騨高山の骨董のお店で買ったのが始まり。
今も世の中に数多く残る古伊万里の中でも、
絵付けのされていない無地の白磁で、
米の研ぎ汁のような乳白色の「濁手」(にごしで)の素地の口縁に、
「紅縁」とか「口紅」といわれる細く錆色の鉄釉がのったモノと、
それから、シンプルではあるけれど丁寧に描かれた唐草文様の染付ばかり手元に。
日々の普通の料理を盛るには、無地の白か唐草の青が丁度よいと思えます。
150〜400年前の江戸時代に焼かれた古伊万里の器は、
その所有者は移り変わり、使われ続けてきたので、傷や欠けや割れのあるモノが多くある。
一般には、欠点あり。ということで安い値です。
私は、そんな欠け・割れのある器をむしろ好んで買い求め、金継ぎ銀継ぎを施して再生させて使っています。
これはいわゆる柿右衛門白磁の輪花深皿です。花唐草文様の陽刻が施された凝った器。
轆轤(ろくろ)で挽いた後に、文様の凹凸がある土型にかぶせて叩く「型打ち」がなされています。
その紅縁の所に、幅2ミリ長さ7ミリの欠けがある。
欠けた所を漆で埋め、金粉をまぶしつけるとこの通り。
錆色の紅縁に金継ぎはよく馴染み、それがある方が、むしろ品位が上がるような気がします。
無傷の完品ももちろんよいのですが、欠けた所を丁寧に品よく直した器というのもまた、
これからも大切に使われ続け受け継がれていく慈しみを表していて、気持ちがよいのです。
欠けた所を埋めるのは、生漆と砥の粉を混ぜて作るペースト「錆漆」(さびうるし)を使います。
生漆は岩手の浄法寺漆で、砥の粉は京都の山科産。
乾いていない漆に触れるとカブれる人が多いので、ゴム手袋などを着けて作業した方がよいです。
ちなみに私は20代から漆を扱っているからか、カブれにくいらしい。
それでも、一応ゴム手袋を着けて作業します。
漆と砥の粉の分量は、1対1ではなくて、漆の割合を2〜3割減らす方がよいらしい。
漆が多いと、乾いた時に錆漆の痩せ量も多くなってしまうからです。
錆漆付けの作業性が悪くならない程度に調整しましょう。
手づくりの薄い竹ヘラを使って、欠けた部分に錆漆付け。
錆漆は腰があるので、筆は役に立ちません。
適度な弾力のある薄い竹ヘラで、錆漆を押えて削って凹みを埋めていく。
錆漆は乾いてから削って整えるので、少し盛り気味にしておきます。
錆漆付けができたら、2日程(塗り付け厚さによる)、漆を乾かす時間を取ります。
段ボール箱の内側にビニールシートを張って、その中に漆塗りした器と湿った布か紙を入れて蓋をする。
この簡易な「漆風呂」の中を、漆が乾きやすい温度25℃くらい湿度70パーセントくらいに保ちよく乾かす。
漆は空気中の水分を取り込んで硬化するので、「乾かす」と言うより、湿気で「固める」というイメージ。
漆の成分中に存在する酵素ラッカーゼが高温高湿度で活性化して、主成分ウルシオールの酸化重合を促すしくみ。
という訳で、気温が上がって湿度も高い夏は、温度と湿度の維持がしやすくて、漆塗りにはよい季節なのです。
錆漆が固まったら、サンドペーパーで表面を磨いて滑らかにし、その上に生漆を塗り重ねる。
それをまた2日間ほど乾かして、再び表面を磨く。
釘彫の陰刻で、繊細かつのびのびと水仙?(スイセン)が描かれた、濁し手に紅縁の白磁皿。
磁体に刻まれた絵柄の細い凹線上に釉切れが多数あり、焼成時のケムリとフリモノもあり、おまけに欠けとニュウも。
こんな雰囲気のある器は、特に直し甲斐があります。
金粉付け用の下地漆を極薄く塗って、金粉を降りかけて付ける。
余分な金粉は毛筆で払いよける。
そしてまたまた、2日間ほど漆が乾くまで置いておく。
ようやく、金継ぎが完了しました。
純金消し粉3号色を使っているので、落ち着いた仕上がり。
次に、割れた器を直します。
漆を使った接着剤「麦漆」(むぎうるし)を使います。
水を加えて練った小麦と生漆を1対1の量で混ぜ合わせる。
今回は北海道産の強力粉を使いました。
割れた断面に、麦漆を薄く伸ばすように塗っていきます。
欠けらの断面にも塗って、接着。
目違いができないように指で確認しながら。
漆風呂に2週間から1ヶ月間入れて乾かします。
これらは、2週間ほど漆風呂で乾かした器。
かなり強固にくっついていて、普段使いに支障がなさそうです。
焦げ茶色の割れ線も新たな意匠だと思えば面白い。
このままだと「漆継ぎ」ということになりますが、割れ線に金粉銀粉を盛り付ければ金継ぎ銀継ぎに。
金継ぎと同じ材料で同じ工程ですが、金粉ではなく銀粉をまぶして仕上げる「銀継ぎ」もやってみました。
金継ぎより銀継ぎの方がよく合う器もあります。
内側に「花能みや古の東山」(はなのみやこのひがしやま)、外面に「なんせんし多ん古や」(なんぜんじだんごや)、
と達者な草書(つづけ字)で書かれた二重網手文くらわんかの猪口(ちょこ)。
江戸時代の当時、京都 東山の南禅寺近くにあったお茶屋で出されていたモノのようです。
生掛けで小さいながら重みもある味わい深い器で、これで日本酒を飲むと美味しい。
微塵唐草(萩唐草)の向付と草文(檜垣文)の蕎麦猪口。
こんな涼しげな佇まいの器には、銀継ぎがよく似合います。
大きく欠けて、その欠けらが無い場合は、
漆と小麦と木粉を混ぜて作る「こくそ漆」(刻芋漆)という自然素材のパテで埋めて補修できます。
こくそ漆を使って補修中の、古伊万里の蛸唐草文様の六寸皿。
欠けた辺部をまず、こくそ漆で埋めて乾かし、器の曲面なりに削って成形し、
その上に錆漆を付けて乾かして研ぎ、さらにその上に生漆を塗ったところまで。
こくそ漆は厚さ3〜4ミリも塗りつけているので、しっかり固まるまで1ヶ月くらい漆風呂に入れておく必要があります。
錆漆塗り、生漆塗りそれぞれ数日乾かす必要があり、さらに金粉銀粉を付けて仕上げる場合は、終わるまで2ヶ月くらい。
この後、銀の消し粉をまぶし付けて、銀継ぎ仕上げとなりました。
銅製の玉子焼きパンを取り出して、
金継ぎ補修した白磁紅縁の皿に、だし巻き卵を盛りつけてみました。
銅製パンの火加減が慣れなくて、だし巻き卵は焦がしてしまいましたが、金継ぎはまずまず。
古くて歴史ある器を、伝統的な素材と手法で、時間と手間をかけ、自ら直して使い続ける。
新しいモノには無い、深く濃い知恵と美を学び、その真の豊さを感じつつ。